「以下の対象に対して、もし私たちが自分たち自身が望むような人間になれ、会社もまた望むような会社になれるとしたら、私たちが持ち続けなければ最も重要な信念と価値は何か?」
・企業内の人々
・顧客
・関係者(組合、株主、銀行など)
・ビジネス(業界、競争相手)
・世界とのかかわり
「ええ。この質問は、企業がビジョンに向かって進んでいく過程で、企業や社員の行動を導いていけるような、書くとなるいくつかの価値と信念に焦点を当てています。」
『エンパワーメントの鍵』より
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■
では、どうやって? と思うと、続きがあります。
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「なるほど。でもどうやったらその価値を人々に浸透させていくことができるのでしょうか?」
「まず最初に、その企業のリーダーたちが自分たちが大切にしようとする価値に基づいた行動をし、その価値を認めていくことが特に重要です。後で説明しますが、企業のあらゆる部署の人々がその価値を選びますから、その価値を受け入れてもらうことは、そうむずかしいことではありません。しかし、重要なことはその価値が継続的に表明され、認められ、支持され続けていることです。そして人々がその価値に見合った形で勇気づけられ、支えられてることです。」
■
そういうことか、価値をわざわざイベント的につくるのではなく、日常的につくるということなんですね。そうなると、リーダーといわれる人々は、リーダーという名の覇者的な存在ではなく、王者なんだろうな思うのです。
■
その後、具体的にイメージできるストーリーが続きます。ここのぜひ、本を手に取り読んでいただきたいところです。
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そして、最後に心底納得できたのは、次のところでした。
■
「企業経営のいかなる部分も、企業の目的と大切にすべき価値に一致していなければならないのです。人材採用のプロセス、昇進の規定、功績を認めたり表彰したりする制度、研修、より大きな仕事への企画立案、メディア・キャンペーンなど、企業戦略を実行に移す個々のシステムは、その価値を補強するようにデザインされなくてはなりません。」
2013年11月7日木曜日
p109 不可能を可能にする鍵
「まず初めに、本当に望むもの、つまりビジョンは何か、を明らかにしなくてはなりません。それから、自分たちがやれることを制約している束縛を解き、人々をエンパワーすることによって、そのビジョンの基準を達成する方法を考え出します。それは必然的に変化を伴います。エンパワーメントと変化は関連して起こります。どちらか一つだけを起こすことはできないのです。しかし、あなたの提示した同時に難しい基準を満たすような問題を克服するために、私たちはもう一つ質問をします。」
「すべての基準を満たすことができるようになるために、私たちはそのようなことをどのような方法ですることができるのか?」
『エンパワーメントの鍵』より
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変化が求められる時代であるが、変化をしない時代でもある。そうした時代で変化をしていくにはどうしたらいいのか? それがエンパワーメントであるということになる。
変化とエンパワーメントとは、切っても切れない関係ということだ。
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「問題なのは基準でなく、その基準を達成するための方法」。言われてみれば、至極当然のこと。
■
だけど、僕らはその方法というものを学んでこなかった。学校教育はそのことを教えない。それどころか、変わる方向性までを決めてくるから驚く。
■
だから、どうするかといえば、「学ぶ」わけだ。問題にいくら対処してもその問題は解決されない。問題をいくら解決しても学びはない。私たちは、問題から学ぶことを学ばねばならいのだ。問題から学ぶことができれば、自ずと問題は解決するし、二度と同じ問題には出会わない。
■
しかし、私たちは問題を解決したときの達成感に酔いしれるがために、問題からは学ばない。今、自分自身持っている解決方法が使える問題を発見し続けているだけなのだろう。
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そこにお金が払われる資本主義経済はやはり何かがおかしいのかもしれない。いや、確実におかしいとしかいえない。
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弁護士が法律の枠の中で裁判・訴訟ゲームをしているのと同じ構造だ。彼らは決して法律を作り出すことはできない。それができるのは、誰か?
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私とあなた、私たちしかいないのだ。なぜか、それを忘れさせるしくみに社会がなっているのに驚きだ。
2013年6月30日日曜日
p107 ビジョン自体は変えられませんが、基準はいつでも加えたり、削ったり で きます。
「何が彼らの興味とインスピレーションを維持し、ビジョンを"本当"のものにするかにかかっています。私たちは、エネルギーを集中させ続けるために、できれば鍵となる基準の数は少なく抑えたいと思っています。五つか七つぐらいでしょうか。その基準はいつでも変えられますし、力点を変えることもできます。ビジョン自体は変えられませんが、基準はいつでも加えたり削ったりできます。そうすることで、ビジョンは維持されたまま、企業の実際の活動を柔軟に進めることができるのです」
『エンパワーメントの鍵』より
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ネットワーク地球村の高木善之さんは、「人生のチャート」を持とうとおっしゃる。
「人生のチャート」とは、航海図のことだ。一つは目的地。その目的地にたどり着くまでに通るいくつかの目標地点。目標地点に到着するまでの成すいくつかの日課。そして、日々の航海日誌である。
・目的
・目標
・課題
・日誌
実にわかりやすい説明だ。
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では、目的とはいかなるものかといえば、それは「なぜ」ととい続けていった先にあるものという。
つまりは、人生の究極のゴールのことだ。そこからいくつかの目標を定めて動き、課題も常に変更を加えていくというわけだ。
日誌は、日々の振り返りのために書く。
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『七つの習慣』で紹介されているアプローチそのものというわけだ。
■
私も以前、このチャートを完成させたことがある。あれから毎年見直しをかけているつもりではあるが、ここら一度、作り直そうと思う次第だ。
2013年5月18日土曜日
p 105 目標の基準を設定する
「企業レベルの意識は、ビジョンが実現されたときに現実となって現れる成果に向けられて収縮され、集中していきます。ビジョンは全体像を示し、インスピレーションとエネルギーと目的を生み出します。そして鍵となる基準は、行動と選択のための詳しい情報を提供してくれます」
『エンパワーメントの鍵』より
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ビジョンは、インスピレーションとエネルギーそして、目的を生み出す。
これには、「そうか!」と手をうちたい。
多くのケースで「ビジョンが大切なんです!!」なんて声を上げると、人は「目的」を作りだそうとする。または別のケースでは、「目的が大事だ!!」といって、目的をつくり出そうとするが、ビジョンがない。こんなケースが多々見受けられる。
■
「ビジョン」と「目的」の関係が、こうなっているとは、誰もが知っているようで忘れている真実だ。
■
そして、「鍵となる基準」。
これに基づいて目的達成のための「目標」と「戦略」が決められていく。これも聞けば至極まっとうなことだが、そうなっていないのが世の常。
■
「ビジョン自体は変えられないが、基準はいつでも加えたり削ったりできます。(p 107)」
そして、
「問題なのは基準でなく、その基準を達成するための方法なのです。(p 110)」
■
こうなると、「戦術と戦技は、どうなってるの?」ということになるのかな?
2013年5月13日月曜日
p 101 現実的であろうとすることが可能性を制限する
「だからこそ、私たちは会議の中で"現実的"という言葉を用いないのです。なぜなら、その言葉は、そのとき感じる限界を表すもので、意識や過去の経験やコミットメントを収縮させてしまうからです。"現実的"であろうとすることは、可能性を制限することになります。何かやろうとすることが可能かどうかを判断するには、もっといい方法があります。この段階では、私たちは可能性をつくり出すことだけを求めています。大事なことは、自分が本当に望んでいることは何なのかに焦点を当て、選択することです。そして、自分自身の基本的な価値観に沿って、そこに至るためにすべきことを何でもやろうとすることです。」
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■
確かにそうだ。「現実的」という言葉を吐くとき、私たちは自分自身で自分たちの可能性に限界を設けている。
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もっというと、積極的に限界を設けることで、現実から逃避しているかのようだ。
そうなれば、エネルギーは一気にディパワーされる。積極的にディパワーすることで、変化をしないことを選択しているかのようだ。
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これも、高度経済成長期のようにイケイケどんどんのようなビジョンがある時代はよかったのだろう。
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それも、外から与えられたビジョンの中で眠らされ、機械の歯車にされていたからだろう。
しかし、今やそんなビジョンが嘘だったことは、ちょっと勉強すれば明らかだ。
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「みんなの国家」の「みんな」とは、個々人という考えなんてありゃしないのだ。
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これからの時代は、一人一人が共に立ち、共にビジョンを描き、生きていく時代。
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さぁ、どう生きるかが問われている。
p 088 マスタリー
「私たちは自分が望むものすべて手に入れられるのです。私たちが見つけ出さなくてはいけないのは、どうやってそれを手に入れるか、つまりプロセスです。その発見の鍵は『マスタリー』であり、手段となるのが意識であり、スキルはいかにその意識をうまく使いこなせるかということです」
『エンパワーメントの鍵』より
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マスタリー。訳者注では、名人や達人の域に達するまで自己研鑽を積むという意味とある。
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ジョージ・レナード『達人のサイエンス―真の自己成長のために』(日本教文社)を以前、読んだ。
ちまたでうたわれる「成功」の概念を一変させてくれた。
優秀であるより、馬鹿であること。一大飛躍の時よりも、『プラトー(伸び悩みの時期)』のほうが大切大事という。
平常心をもって、苦悩の渦に飛び込み、もがくことが達人だという。
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道を求めるものは、道に謙虚にあること。そして、道を歩むことをやめないこと。
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達人とは、「永遠の初心者」というわけだ。
2013年5月12日日曜日
p 083 ビジョンとインスピレーションとエネルギーの関係
「ビジョンが活気を生み出し、インスピレーションが推進力をつくり出し、エネルギーがビジョンを実現する! ビジョンが、それ自体を実現するためのエネルギーを生み出しているのですね?」と、私は興奮しながら言った。
「常に集中し、ビジョン実現のためなら何でもやろうとすれば・・・」と、ボブは微笑みながら一言つけ加えた。
『エンパワーメントの鍵』より
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図示してしまうと分かった気になるが、問題はいかにすれば、それができるかだ。
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エネルギーは、もともとあるものだといわれる。しかし、いかにエネルギーに満ちた状態をつくればいいのだろうか?
それは、「動き」や「言葉」をいかに消化するかにかかっているのだろう。
しかし、この消化の仕方、つまり理解の仕方を学校で習っていない。
子ども時代はできたのに、学校に上がり、外からの評価にさらされるまで、できたことができなくなってしまうからだ。
エネルギーが湧いてこないように教育されているかのようだ。
不思議でならない。
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インスピレーション。
確かに大切だ。しかし、それを私たちの日常は、どれほど許されているだろうか。また、自分自身のインスピレーションにどれほど敏感に気づける状態にあるだろうか。
インスピレーションの反対を、ホ・オポノポノでは記憶としている。U理論では、ダウンローディングといわれる。私たちは常に記憶を再生しているのだ。その記憶から自由になる自在であることを、禅やタオは「いま、ここ、わたし」という。
さぁ、どうやって記憶から自由自在になるか。
その方法は、私が探した限りだと次のものが有効だ。というか、この三つしかない。
(1)体操:柔操と養気
(2)瞑想:集中と洞察
(3)礼拝:感謝と悔悟
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ビジョンとは、「リーダーシップのプロセスそのもの」という。
リーダーシップには、3つある。
(1)自分自身へリーダーシップ
(2)チームへのリーダーシップ
(3)社会へのリーダーシップ
いずれも、ビジョンが大事になる。
では、いかにして私たちはビジョンを得るかだ。
『エンパワーメントの鍵』では、「意識の拡張、収縮、方向づけ、集中」だという。
この方法も、先にあげた方法との関連を見つけることができる。
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ビジョンとインスピレーションとエネルギーと、体操と瞑想と礼拝を関係付けると、次のようになる。
エネルギーを得たいなら、体操せよ。
ビジョンを得たいなら、瞑想せよ。
インスピレーションを得たいなら、祈り拝め。
こうなるだろう。
とにもかくにも、私が一番自由にできるラボラトリーとは、自分自身のカラダ以外にないからだ。
2013年5月9日木曜日
p 079 選択の質問
「会議で会社の現状が検討された後に、私たちはメンバーに『選択の質問』を投げかけるのです。」
「もし私たちが今しているようなことをし続けたとしたら、そして、これまでの道を歩み続けるとしたら、五年後はどうなっているだろうか?」
『エンパワーメントの鍵』より
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会議に限らず、私たちの日常の会話に耳を傾けると驚く。「不平不満・愚痴・泣き言・悪口・文句」、小林正観さんのいう五戒が次から次へと口から溢れている。
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そして、それを楽しんでいるかのようだ。皮肉な話だ。釈迦が一切皆苦といったが、本当にそうだ。
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まさに地獄で暮らしているとしか思えない。「南無地獄大菩薩」だ。
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同じことの繰り返しの先に待つのは、同じことの繰り返し。当然のことだ。しかし、実はそうでない。なぜか、私たち自身は歳をとり、私たちを取り巻く状況は常に変化するからだ。
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では、どうするか?
日常の偶然を必然に変え、突然を自然に変えていくしかない。
2013年5月8日水曜日
p079 会社の脆弱な面は、社員自身の脆弱な面
「その会社の脆弱な面というのは、会議メンバー自身が、今後引きずりたくないと思っていることでもあるのです。なぜなら、会社の脆弱な面は彼ら社員自身の脆弱な面でもあるからです。一度データが明らかになり、必要な情報が得られると、ヤン・カールソンが言うように、彼らは『責任を負わざる得ない』のです。まず初めに、会議メンバーは皆一斉に同じデータを見て、そして行動を起こすことを決めるのです。」
『エンパワーメントの鍵』より
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「脆弱」とは、もろさ、弱さである。松岡正剛さん的にいえば、「負」ということになる。
この「負」とは、ホ・オポノポオ的にいうならば、悠久の歴史の中で私たちのカラダに蓄えられた記憶・データといういうことになる。
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だからこそ、この「負」に目を向けて、一心に愛することで、その記憶と向き合うことが大切大事なわけだ。
自分自身を縛る記憶・データがあることに気づいたなら、一度、テーブルの上に置いてみることができる。
テーブルに置くことができれば、その記憶・データは、私たちを縛るものから、愛し労り、許すことができる対象へと変わる。
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そうすれば、私たちの「負」である記憶・データを「手放す」ことができる。
「手放す」ことができれば、エンパワーメントで大切大事になるインスピレーションを「迎え入れる」ことができるわけだ。
2013年4月19日金曜日
p 075 インスピレーションの発見
「『ビジョン・プロセスのまとめ』を見せていただきましたが、こうした進め方で、まったく非現実的なビジョンが出てくるようなことはないのですか?」
「いいえ、それはまったくありません。この会議のプロセスは、そうしたことが起きないように組まれているのです。この段階で私たちは、二つのことをだけを考えます。一つはメンバー自身と会社を枠にあてはめている“思考の束縛”から自由になってもらうことと、そのことに対して責任を持ってもらうことです。そしてもう一つは、ワクワクするようなビジョンをつくり出せるように彼らを鼓舞することです。私たちの意図通りに事が進めば、とてもおもしろいことが起きてくるのです。」
『エンパワーメントの鍵』より
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どんなことが起こるのだろうか? と思うと、次の箴言が続きに書かれている。
あなたが何か偉大な目的や遠大な計画に駆り立てられたとき、
あなたは思考のすべての束縛を打ち破ります。
あんたの心はすべての限界を超越し、意識はすべての方向へと広がり、
あなたは自分が新しい、偉大な、すばらしい世界にいることに気づきます。
今まで眠っていた力や能力や才能が生き生きと働き出し、
自分が今まで夢にも思わなかったほど、すばらしい人間であることを、あなたは発見するのです。
ーパタンジャリ
山川紘矢・亜希子訳『聖なる知恵の言葉、魂のためのガイドブック』(PHP研究所)
■
至高体験そのもの表現している。僕らはふつうはじめから人間だと思っているが、実はそうでないのかもしれない。ヒトとして、人生修行をする中で、人間へと至るのだろう。ルドルフ・シュタイナー著「神智学」などに詳しくあるが、人間の次の階梯は天使だという。
■
不良企業を買収をし、再生させるというビジネス・ストーリーという文脈の中で、この本『エンパワーメントの鍵』が持っている本来のメッセージは、人間賛歌なのかもしれない。
■
人間賛歌といえば、『ジョジョの奇妙な冒険』のコンセプトである。善人の中にある悪、悪人の中にある善。相反するものそれぞれの内に持ちながら生ききる登場人物たち。そこには、生きることにひらすらにポジティブなエネルギーを感じる。
■
ルドルフ・シュタイナーは、人間の中に渦巻く「悪」の力を、アーリマン的なものと、ルチフェル的なものに分けた。
そして、アーリマン的なものに対抗する手段を神智学的修行に基づいた認識、判断力とした。その一方で、ルチフェル的なものへの対抗する手段を道徳とおいた。
人間を上方へと軟化させるルチフェル的チカラと下方へと硬化させるアーリマン的チカラ。この相反するチカラの直中で、生きることを人間というのかもしれない。
■
天地人という言葉は、よくそれを表していると思う。そして、新体道の創始者、青木宏之氏はそれを「天・地・人々・ワレ」としたことの意味は、今後も考えていきたいところだ。
2013年4月17日水曜日
p 070 ビジョン会議はどこでやるのか?
「なるほど。ところで、その会議はどこで行われるのですか?」
「決して社内ではやりません。私たちは、会議が行われる場所がそのプロセスに大きな影響を与えると考えています。だから場所は慎重に選びます。だいたい、メンバーが常日頃慣れ親しんだところから離れた場所で行うようにします。そうすることによってメンバーが、既存の考え方のパターンや癖などから自由になれるからです。そしてそこは、緊張とくつろぎ、楽しさと真剣さ、創造と分析、拡張と収縮、といったそう反する意識の状態を、参加メンバーが体験しやすいところでなくてはなりません。」
『エンパワーメントの鍵』より
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私が、仕事をしていて、自分自身の仕事のイメージや段取りなどを構築する際には、ほとんどの場合、次の二つである。
一つは、歩いているとき。
もう一つは、ランチを食べているとき。
だから、大切大事にしたい企画などについては、歩きながらランチをするお店に出かけ、誰かと話しながらランチをし、歩いて帰ってくる。そうすると、ほとんどの段取りが整う。
企画を実現するために、さまざま考えるとネガティブなスパイラルに陥るときがある。そんなときは、歩くにかぎる。歩くという行為をすることで、不思議とそのスパイラルから抜け出すことができるからだ。
「歩くこと」と「思考すること」は、そういった意味で私には非常に結びついている。
■
「歩くこと」と「思考すること」をもう少し結びつけてみたい。よくよく自分の考動を観察すると、こんな癖があるようだ。
・思考を深めたいときは、思いっきりゆっくりと階段を下る。
・一気に思考の深みに到着したいときは、階段を飛び降りるように下る。
・一気に思考を昇華したいときは、階段を駆け上がる。
・思考をメタ的に確かめたいときは、階段をゆっくりと登る。
・平地を前にさまざまな足取りで進んだり、後ろに下がったりとする。
まぁ、いろいろとやっている。
すると、「緊張とくつろぎ、楽しさと真剣さ、創造と分析、拡張と収縮、といったそう反する意識の状態」に自分自身が入って行くというわけだ。
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こんな試みをステークホルダーを一堂に会してやるわけだから、どこがいいかというのが現代社会においては結構難しいものだ。
それが昔であれば、茶室であったり、禅寺の枯山水を観ながらであったりしたのだろうけど・・・
意識の四つの作用である「拡張、収縮、方向づけ、集中」は、今や自分自身で動かすには、難しい時代になっているのかもしれない。外側からの刺激が多すぎるのだ。
それだけに、意図的に意識を動かす練習が大切大事な時代といえるだろう。
それにどんなものがあるか、今度リストアップしてみたいと思う。
p 066 ビジョン会議
「ビジョン会議は、私たちが主要な関係者たちとの間に築いていく、開放的でしかも信頼できる関係の表れであると同時に、新しいものを創造していくための拠点として位置付けられるものです。もしメンバーからの疑いを招けば、情報公開の面で私たちは過ちを犯したことになります。どのような情報も包み隠さずメンバーに知らせることが、信頼を勝ち取る第一歩になるのです。とにかく、適切な情報を知らせなければ、メンバーたちは最善の選択をすることができないのです。」
『エンパーメントの鍵』より
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ここでいうビジョン会議というものは、長らく日本の場合は「飲ミニケーション」という場で行われていたのかもしれない。
また、歴史上では、茶会であったり、歌会であったのかもしれない。
別の見方をすると、会社などの給湯室での会話や、今や喫煙所でのモクモク会話なんかがその役割を担っているのかもしれないとも思う。
今の時代、会議というオフィシャルの場でどれほど情報を相互交換できるかが未来の扉を開く鍵なのだ。そして、発達するWEB環境を使ってできるかが。
しかし、その方法を私たちは長らく封印しているのだととも思う。
なぜか、それは情報が恐いのだ。爆発的に膨らんだ情報社会で、私たちは知らず知らずに情報恐怖症に陥ってるともいえる。
だから、夢も希望も語れなくなってしまったのかもしれない。
対話が大切大事と叫ばれる中で、私たちは、「受容と対峙」という他者と関わる方法を忘れ、自分自身の殻に閉じこめられ、蠢いているのだ。
そう思わずにはいられない今夜である。
2013年4月16日火曜日
p 064 現在地を確かめる
「もし、あなたある会社を買収して、その業界における有力企業に発展させようと考えたら、買収前にまず何をしますか?」
「まず、会社の状態や経営環境について、できる限りしらべるでしょうね。」
「その通りです! 自分が一体どこに行きたいのか、どうやってそこまで行くのかを確かめる前に、まず自分自身が今どこにいるのかを知らなければならないのです。そこから、ビジョンを描くプロセスが始まります。まずビジョンづくりに先立って、私たちはその会社の実態、それに影響を与えるか、あるいは与えかねないすべての事柄について知ろうとするでしょう。そこには、現時点での情報はもちろん、過去の実績や未来の可能性に関する情報も含まれます。」
『エンパワーメントの鍵』より
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現在地を明らかにすることが、始まり。確かにその通りだ。そして、それをステークホルダーを一堂に会して行うというから驚きです。当然といえば、当然のことですが、これをやろうと思うとかなりの労力を必要としますからね。
ネイティブ・ハワイアンの伝統的な問題解決手法に「Ho'oponopono(ホ・オポノポノ)」というものがあります。問題の加害者と被害者を一堂に会して、互いに懺悔し、悔悛し、浄化するプロセスを通して、祈りを捧げるというものです。
「ホ・オポノポノ」は“全責任を負う”ことを基本とするハワイに伝わる癒しの方法です。この伝統的な方法を一人でもできるようにしたのが、モナ・シメオナで、セルフ・アイデンティティ・ホ・オポノポノを創始しました。そして、それをイハレアカラ・ヒューレンが世界各地で教えています。日本でもホ・オポノポノというとこの手法を指すことが多いですね。
起こっていることは、全て自分自身の責任であり、それは記憶が原因である。一瞬、一瞬を愛と記憶のどちらで生きるか。それを選択することが私たちはできるといいます。しかし、できることは、ただひたすらに記憶をクリーニングすること。だたそれだけだというわけです。
ステークホルダーを一堂に会したとき、それとは別に一人クリーニングをすることで起こることは様々な視点からの情報が浮き彫りになるということです。情報が浮き彫りになります。自分自身の思いこみや価値観という主観からは、決して得られることのない情報も得られます。
それらを客観化できれば、私たちはいかようにでも関わることができます。
また、情報が増えることで、これまでの思考のパターンでは処理することができなくなり、新たな思考を組み立てれることが求められます。ゆえに、問題はすでに問題ではなくなってしまうということなのではと思います。
何はともあれ、自分自身が陥っている思考のループから抜け出す方法があるといのは、うれしい限りです。あとは、それを実践するか、しないか。ただ、それだけにかかっていますね。
2013年4月15日月曜日
p063 ビジョンとは、崇高な目的である。ビジョンは人々の意識を拡張させ、 方 向づける。
「より良いもの、より意義があり目的があるもの、ワクワクするものへ向かって意識や感覚を拡げていくとき、私たちはそれまで決して触れることのなかった内に潜むエネルギーを引き出すのです。そのときこそ、私たちのより深いところに潜んでいたパワーが引き出されます。平凡な人々や非凡は成果を達成するということがありますが、すべてこうしたことが起こっているのです。それが本当のエンパワーメントです。こうして、それまで明らかに限界と思われていたことを超えて個人も企業も伸びていくのです。その伸びが大きいか小さいかは問題で
はありません。エンパワーした企業はそのビジョンに向けて発展し続けるんどえす。」
『エンパワーメントの鍵』より
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「平凡な人が、非凡な成果を達成する」。私たちは、この事実を知っている。ソビエト連邦の崩壊、ベルリンの壁の崩壊、イラクの民主化、エジプト。そして、キューバの成功。そこには、崇高な目的があり、ビジョンがあった。危機もあった。しかし、危機こそがチャンスだった。ビジョンが人々の意識を拡張させ、方向づけた。湧き出たエネルギーが引き出され、方向づけられることで、流れがうまれた。流れは、さらに人々のパワーを生み出した。
今、私たちの目の前には、危機ばかりが並べられている。危機こそがチャンスというが、共有するビジョンがない。だから、動けないのだ!! は言い訳にしか過ぎないのではないか。
動かないから、仲間がいないのだ。
仲間がいないから共通のビジョンが描けないのだ。
ビジョンとは、行動とともにある。そう思わずにはいられない。
「一生のうちに、自分の内に秘められた能力を使いつくすような人はほとんどいない。決して使わることのない能力が井戸の中で眠っているのだ(リチャード・バード)」
深い井戸に潜んでいるパワーを掘り当てるのは、誰か? もちろん、自分自身だ。そして、そんな自分自身とともに行動してくれる仲間からのエンパワーがあるからこそできることである。
p062 ビジョンは未来につながる手段
「多分、インスピレーションの急所、つまり、目的とビジョンを探すことでしょう。」
「その通りです。ビジョンは未来につながる手段です。未来はまた現実になっていませんから、ビジョンは将来起こり得るが、しかしまだ目に見えないもの、を扱うことになります。それは頭の中で思い浮かべることはできても、実際にまだ目でみることはできないのです。」
『エンパワーメントの鍵』より
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「俺は海賊王になる!!」のワンピースのモンキー・D・ルフィー。彼の目的は新世界に殴り込み、海賊王になること。
マンガを読んでいて思うことは、ルフィーの中にしっかりとした海賊王のビジョンがあるのだと感じる。彼の行動は原理は、その一点つきる。
そして、各々のビジョンを持った彼の仲間がいて、それぞれのビジョンが一枚の絵のように重なり混ざり合い一つの海賊団ができている。
そうして、常にエンパワーメントしないながら、物語が進んでいる。そう感じずにはいられない。
■
「ビジョンは未来につながる手段」というのは本当にそうだと思う。
しかしなぜか、今や世界は手段に溢れている。手段が誰もがとれるようにしっかりとしたツールにもなっている。
そうした中で、なにが大切大事かといえば、やはりビジョンだといわざるおえない。
だからこそ、問いたい。
ビジョンはどこからやってくるのかと。いや、いかにして私たちはビジョンを認識できるのかと。
あれ? ルドルフ・シュタイナーの著書『いかにして超感覚的世界を認識できるのか』とタイトルと似てしまった。
「ビジョン」を言い換えると、「超感覚的世界」ということになるということだろうか?
■
ビジョンはあくまで、自分自身で構築し、手に入れるものとすれば、このことを大切大事にする教育の一つがシュタイナー教育ということができるだろう。大人の場合は、それが日常実践を通した修行となるが。
2013年4月14日日曜日
p060 改革に先だってやるべきはリーダーの再配置
「リーダーが改革をサポートするかどうかはっきりしないことほど、企業の体力を消耗させることはありません。二、三年前に私がコンサルタントをしたある会社で、会長が社長に社内改革のためのプログラムを実行させようとしました。しかし、社長はうまくいくことがはっきりするまで、そのプログラムに熱心に取り組みませんでした。社長が半信半疑だったために、そのプログラムを機軸に乗せるのにとても苦労しました。プログラムは、その不安を取り除くことができなかったこと以外は成功したと言えるのですが、当初から社長に信頼され、サポートを得られていれば、無駄な時間とお金をかける必要はなかったのです。」
『エンパワーメントの鍵』より
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■
何か事を成そうとする際には、必ず二つの力が働く。エンパワーするチカラとディパワーするチカラ。
それらが外部からやってくるケースと内部からやってくるケース。
チカラの総体が100としたとき、エンパワーのチカラとディパワーのチカラの配分がどれくらいかと考えるといいんじゃなか。
■
別の話で、小林正観さんから教えられたことで、今でも私の行動指針としていることがある。
何かを選択する際は、「するか、しないか」の心のバランスで51:49で、したい、してみたいならすればいい、というものだ。
■
これと先のことは、どのように結びつくだろうか? と考えてみると、こうなるかな。
選択したら、常にエンパワーし続け、やり続ければ、いい。常に「創意と工夫」を旨として。
p028 マネージャーからリーダーやファシリテーターヘ
「彼らの役割は単なる『マネージャー』から、『リーダー』や『ファシリテーター』を含んだものに変わるんだ。彼らに課せられてものは、書類の決裁をするような手続き的なものから、部下たちがより高い業績をあげられるような環境を創り出し、支援することも含むものになるんだ」
ーーーーーーーーーーーーーーーー
エンパワーメント・プログラムの導入によって、管理職の役割がこんな風に変わるなんて、素敵です。
会社の管理職に限らず、一切の組織の管理職、学校の先生なんかも当てはまるんだろう。
ちなみに、訳者注で3つのロールについては、次のように紹介されています。
マネージャーは、管理・監督する人。リーダーは、方向性を示す人、部下の能力を引き出せる人。ファシリテーターは、ものごとを容易にする人、主役を助ける人。
この紹介を読んで、気づいたことですが、僕は、長らくマネージャーというロールには全く興味・関心がなかったということがわかりました。
そして、憧れていたのはファシリテーター。実際に目指して動いていたのは、リーダーであったということだ。
今、思い返してみると、いつも周りのメンバーからリーダーのロールを担わせてもらっていたこと。そして、マネージャー、ファシリテーターのロールを引き受けてくれる先輩や後輩、そして仲間がいた。
そんな僕がマネージャーのロールを担うと極端に厳しくなるし、ファシリテーターのロールを担うと極端に甘くなってしまった。今でもその傾向は抜けないが、、、、。
p025 情報と責任
「情報を持たない者は、責任を追うことができないが、情報を与えられれば責任を負わざる得ない。」
『エンパワーメントの鍵』より
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この言葉は、スカンジナビア航空のヤン・カールソンの言葉だそうだ。
情報公開が社会を一変させることを私たちはソビエト連邦の崩壊、ベルリンの壁の崩壊で経験した。
そして、Facebook革命とも呼ばれるエジプトの民主化。情報が共有されることで、イメージが動き、新たなビジョンが構築される。いったんビジョンが構築されると、その実現のために社会は動き出す。
そこには、「自由意志による選択の法則」と「原因と結果の法則」がコインの裏と表のようにクルクルと回っているというわけだ。
それにしても、この二つの法則にのっとる方法を学校は教えてくれなさすぎる。それが、今の社会問題を生んでいるとしかいいようがない。
p018 頂点に上り詰めた人々
「拡張し、明瞭で、没頭して、一つになって、無理がなく、焦点が定まっていて、落ち着いていて、しかも確かな意識の状態は、マズローのいう『頂点に上り詰めた人々』や、通常の身体的な限界を超越して事を成す武道を極めた人たちとも共通しているよ」
『エンパワーメントの鍵』より
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自分自身の体験として
1)拡張し
2)明瞭で、
3)没頭して
4)一つになって、
5)無理がなく、
6)焦点が定まって
7)落ち着いていて、
8)確か
という最高の意識の状態を体験したことがあるだろうか? と振り返ってみた。
すると、過去に何度かこういう状態を体験したことがある。
・水泳や武道、気功をしているとき
・PJが山場をむかえたとき
こういう状態のときは、必ずといってもいいほどに、それは成功する。
天下さんのいうところの「燃える集団」。至高体験、ゾーンに入る、フロー状態ということなのだろう。
ここ数年、こうした体験を個人的な体験としては経験したことがあるが、仕事を通して体験することはほとんどなかった。
なぜだろうか?
p014 パワーとは
「ぼくが言っているのは、他人が支配する権力のような管理型のパワーのことじゃない。それは、一人ひとりの内にあって、自分が本当にそうありたいと思う状態に自らを持っていくことことのできるパワーのことなんだ。そして、僕は企業の基本的な機能の一つは、そこに属する人々が本当にありたいと思う状態になれるような環境をつくり出し、それを維持することにある、と信じているんだ。」
『エンパワーメントの鍵』より
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高校生の頃より、同じようなことばかりを考えていた。①リーダーとはいかなる存在なのかと、②理想の組織体とはいかなるものか。
そのために企業や運動団体などさまざまな組織の体型やマネジメントの体制、リーダーシップの発揮のされ方など、さまざま研究してきた。また、人体の仕組みなどにも興味を持ってきた。
だからといって、なにか結論が出せたかというそんなこともないの、というのが正直なところだ。
ただ、いえることといえば、そこには何か法則というか原理があるということだ。そして、パワーがあるということ。
p013 傑出した企業は、
「そこで働く人々が自分自身で最大限のパワーを発揮できるようにデザインされ、運営されているんだ。そして、そのパワーは、企業の構造や文化、また仕事の手順や方法を通して、企業全体の発展に向けられている。パワーを生み出すこと、そしてそれをうまく活用することが、成功の鍵なんだ。もしこの原則が正しく理解されなければ、その企業は最終的には衰退することになる。」
『エンパワーメントの鍵』より
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ここでいう企業という言葉は、組織や家族、チームやグループに置き換えて考えることができるだろう。また、人体置き換えるならば、健康ともいえるだろう。「生と死」の原則に触れている。
パワーというとなんだか、権力のようなものをイメージしてしまうが、ここいうパワーとは、自身の内から沸き起こる「生命の躍動」のようなものをいう。東洋系でいえば「気」というヤツで、「元気」って置き換えることも出来る。だから、エーテルとか、プラーナとか、いのちというのもありだ。
p007 聞く耳を持つ者、持たぬ者
ジェームス・グリックスは、『カオス』という本の中で、「地球の片側で蝶々が羽根を動かすと反対側に竜巻が起こる。」という比喩を用いていましたが、どのようなこともいずれは広く知れわたります。ですから、私たちは仕事の内容を秘密にしないのです。たった一つのアイディアで、世界を変えることもできるのです。私たちは自分たちの持っているアイディアや成果を、聞く耳を持つもだれとでも、喜んで分かちたいと思っています。聞く耳を持たない人にとってだけ、それは秘密になっているということでしょう。
『エンパワーメントの鍵』より
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バタフライ効果、カオス理論の代表的なたとえです。
ラズロー博士は、システム理論による「予測」とカオス理論による「選択」による哲学を打ち立てました。
私たちの内にヒラメキ・キラメくアイディア。その魔法の蓋を開けるのは、私たちの「キク」という行為なんだと思います。
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「キク」という行為。
みなさんは、学校で学びましたか?
いやいや、私は学ばなかった。社会人になって、言語造形を学ぶようになってやっとそういう行為があるということがわかった次第です。
今の学校教育というのは、そんなことは教えていないと思うのです。出なければ、インナー・ボイスなんていう概念が書いてあるビジネス書・自己啓発書が売れるわけがない。
なぜ、学校教育が教えていないかといえば、それはテストの得点ばかりが取り出され、形ばかりの「態度」が強調され、中がすかすかになってしまっているからだと思うのだ。
そうなってしまっているのは、先生自体が自分の存在に耳を傾けてもらえる体験をしていないからだと思う。
p000 無から無限の宇宙が始まる。
無から無限の宇宙が始まる。
外を見ることによって、
影響が見え 、
中を見ることによって、
原因がわかる。
言葉では、切り離されたものとしか見えず、ビジョンによって、一つのものとして見えるいうになる。
老子
『エンパワーメントの鍵』より
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この箴言を読むたびに、昨今のビジネス書や自己啓発書のエッセンスが凝縮していると思う。内と外と分けているけど、内=外なんだよね。
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外を見ることによって、
影響が見え 、
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ここは、自然科学的な思考を表現しているように思う。
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中を見ることによって、
原因がわかる。
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一方、こちらは宗教などの内省的な思考を表現しているように思う。
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言葉では、切り離されたものとしか見えず、ビジョンによって、一つのものとして見えるいうになる。
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語り尽くし、さらにその先に一歩踏み出そうとして黙するとき、私たちはともにビジョンを観るのだろう。
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