2013年5月12日日曜日

p 083 ビジョンとインスピレーションとエネルギーの関係


「ビジョンが活気を生み出し、インスピレーションが推進力をつくり出し、エネルギーがビジョンを実現する! ビジョンが、それ自体を実現するためのエネルギーを生み出しているのですね?」と、私は興奮しながら言った。

「常に集中し、ビジョン実現のためなら何でもやろうとすれば・・・」と、ボブは微笑みながら一言つけ加えた。

『エンパワーメントの鍵』より
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図示してしまうと分かった気になるが、問題はいかにすれば、それができるかだ。



エネルギーは、もともとあるものだといわれる。しかし、いかにエネルギーに満ちた状態をつくればいいのだろうか?

それは、「動き」や「言葉」をいかに消化するかにかかっているのだろう。

しかし、この消化の仕方、つまり理解の仕方を学校で習っていない。

子ども時代はできたのに、学校に上がり、外からの評価にさらされるまで、できたことができなくなってしまうからだ。

エネルギーが湧いてこないように教育されているかのようだ。

不思議でならない。



インスピレーション。

確かに大切だ。しかし、それを私たちの日常は、どれほど許されているだろうか。また、自分自身のインスピレーションにどれほど敏感に気づける状態にあるだろうか。

インスピレーションの反対を、ホ・オポノポノでは記憶としている。U理論では、ダウンローディングといわれる。私たちは常に記憶を再生しているのだ。その記憶から自由になる自在であることを、禅やタオは「いま、ここ、わたし」という。

さぁ、どうやって記憶から自由自在になるか。

その方法は、私が探した限りだと次のものが有効だ。というか、この三つしかない。

(1)体操:柔操と養気
(2)瞑想:集中と洞察
(3)礼拝:感謝と悔悟



ビジョンとは、「リーダーシップのプロセスそのもの」という。

リーダーシップには、3つある。
(1)自分自身へリーダーシップ
(2)チームへのリーダーシップ
(3)社会へのリーダーシップ

いずれも、ビジョンが大事になる。

では、いかにして私たちはビジョンを得るかだ。

『エンパワーメントの鍵』では、「意識の拡張、収縮、方向づけ、集中」だという。

この方法も、先にあげた方法との関連を見つけることができる。



ビジョンとインスピレーションとエネルギーと、体操と瞑想と礼拝を関係付けると、次のようになる。

エネルギーを得たいなら、体操せよ。
ビジョンを得たいなら、瞑想せよ。
インスピレーションを得たいなら、祈り拝め。

こうなるだろう。

とにもかくにも、私が一番自由にできるラボラトリーとは、自分自身のカラダ以外にないからだ。

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